- intro duce -

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はじめまして

西野 孝夫 / ニシノ タカオです。

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1 9 8 2 年(昭和 5 7 年)1 1 月 3 日「文化の日」 午前 1 0 時 5 5 分


大阪・堺市で、

「ありがたく」この世界に「命」を授かりました。





   ◇ 自己紹介の前に、はじめに、一言だけ。




現在、地球上には約80億もの人々がいて、

こうして『何かのご縁』で、


「あなたと出会えたこと」に嬉しさを感じます。





ありがとう。





こうした「巡りあう奇跡」を体験できるのも、

『すべて』は、

僕たちが「今を生きている」証拠です。









青く輝き" たくさんの生命 "を宿す惑星 : 『 地 球 』に、


僕たちは何のために「生まれてきた」のでしょうか?




そんなことをゆっくりと思い出しながら、

「本来の あ な た ら し さ 」に還ってもらえればと思います。




- R e l e a s e  Y o u r s e l f - 『 命 を 開 放 し よ う 』




【幼少期】

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はずかしがり屋で、いつもお兄ちゃんの後ろに隠れていて、

でも、

家や近所ではやんちゃ坊主な典型的な「内弁慶」



甘いものが大好きで、いつも「パン、パン」と、

甘い「スナックパン」を求めていたとのこと。



そのせいで、歯はほとんど銀歯です (泣)





【小学生時代】

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「内弁慶」からは卒業して、とにかくよく喋りよく暴れ

本能のままに行動しだす。



虫取りや、みんなでする野球を毎日のように繰り返し、

とにかく「遊ぶ」ことが大好きなワガママ小僧。



また、「ボーイスカウト」に入隊していて、


・ 大自然へキャンプにいったり、

・ 街で共同募金の呼び込みをしたり、


学校以外の世界にも触れさせてもらっていました。



そんなことを経験しているにも関わらず、

まぁ、とにかく、一切の「理性」がなく、

本能むき出しで、欲望のままに生きていた時期でした。



ある意味、とても「正直」に生きていました。



高学年になるにつれて、本格的に「野球チーム」に入ったこともあって、

スポーツにも熱心になり、


学校の授業では『美術』が好きで、市から「賞」を頂くことも ( 照 )




* 一つだけ、今でも鮮明に、

強烈に「記憶」されている出来事があります。



それは、

お兄ちゃんと一緒になって、「おばぁちゃん」を泣かした時のことです。



子供心に、大人は強いと思っていたけど、

おばぁちゃんが、泣いた時に、


「自分はなんて無力な人を責めて、泣かしたんだろう」と、

今でも思い出すと、心がキューーーーっと強く締めつけられます。




その事件があった後から、

僕はすごく「おばぁちゃん子」になります(笑)



子供心ながらに、相当強烈なインパクトがあったんでしょうね。



そんなセンチメンタルな部分の体験もしながら、


とにかく、


毎日、毎日、「遊び」と「冒険」の繰り返しで、

その瞬間、瞬間に全力な「生き方」をしていました。





【中学校時代】

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「野球部」がなかったので、もともと好きだった「卓球部」に入るも、

毎日ランニングで5km走らされる  (  んな、アホな!!)



ってことで、

3ヶ月で辞めて、「サッカー部」へ (  って、より走るけどー!! )



「サッカー」という抽象度の高いスポーツが、

楽しくて、楽しくて、3年間は夢中に。


今でも、プレーする感覚を思い出しただけでも、ワクワクできます!!



勉強はソコソコに、とにかく「お笑い一筋!」

いかにして、クラスの皆を笑わすことができるのか?


そのことばっかり考えて、

「ダウンダウンのごっつええ感じ」を毎週楽しみにしてました ( 笑 )



ツッコミのうまい「エイタ」という友達が相方になってくれて、

「ボケとツッコミ」という、言葉ゲームにハマっていました。


その反面、思春期というやつも訪れて、

「格好」をつけて、女子を意識してみたり・・・

男子が集まれば、チョメチョメな話バッカリでした ( 照 )



ヤンチャ坊主は、この頃も変わらず、

態度がデカイのが気にくわない一部の人たちには、


精神的な「いじめ」・集団無視を経験 (悲)



でも、周りには友達がいてくれたので、

そこまで深い傷になることはなかったけど、


でも、その時に、


「人の温かさと、冷たさ」を強く感じました。



また、

夜空を見上げることが、好きになりだしたのも中学生時代。


「宇宙ってなんなんだっ!」


みたいなことをボーーっとしながら、思いを馳せることもありました。



                                       photeは、水星と太陽

【高校時代】

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男子高に入学し、少し「社会性」の広い世界へ。



この頃に、

「コンプレックス」が一気に出ました。



片田舎のお山の大将が、少し『広い世界』に触れ、

一気にいろいろなことに気がつき始めました。



特に、「ニキビ」で悩み始め、

(中学生の時にすごくできて、潰していたこともあって、

ニキビ跡が残っているので・・・)


そこから、色々と繋がっていって、


「生まれた環境」や、「容姿」といったことに、

コンプレックスを抱えるようになっていきます。



特に、『外見』に対しての『不満』が強く、

どんどんと自分自身に対しての「自信」を失っていきました。



学校以外では、人生初の飲食店でのアルバイトを経験。


洋服には、色々興味を示し、古着、モード、ビジュアル、

また、スケーターが流行っていた時期などで、

HIP HOPなどの格好もするようになりました。



とにかく、派手なパーマに、派手な格好を好み

『見た目が、全て』の時期で、



・ 他人から、どういう風に見られたいのか?



ということが、

この頃の大きな「テーマ」だったと思います。



ちなみに、外見をちょーー好きになった

某・有名「製薬会社の令嬢」にアタックして、


フラれたのも、苦い記憶です (泣)

* 告白するのに、友人にまで付いてきてもらったのに・・・




【大学時代】

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神戸にある「お金持ち大学」へ進学。

しかも、

大学を選んだ理由が「可愛い子」が多いから! ( なんてバカなんだっ、オレは!)


コンプレックスを払拭しようと、意気込んだ大学生活 ( ワクワクっ )


そこで見た『現実』はっ!??


・ 大学祝いが、『ポルシェ』??

・ 高校3年間をフランスで過ごしていた??

・ パイロットの息子に、大企業重役の息子、

そして、日本で3本の指に入る建設会社の令嬢までも??



高校までの「コンプレックス」は、

『見た目的な、外見』だったけど、



大学では、

『生まれた環境』や、『経済力の世界』のこと、


つまりは、

『生まれてくる時に、すでに与えられているモノ』が、



「その人自身の価値となっている」という、人の社会の価値観に、

深く考えさせられることになりました。




そもそも人間は、全然『平等』なのではなくて、

生まれてくる時点からすでに『優劣』が決まっている、




そういった、

「コンプレックスの深み」にハマることになります。




そういった経緯から、


「人間の持つ価値観」や、

「社会の価値観」に対して、疑問を抱き始めるようになりました。


* 何かが違う!

* 社会に馴染めない理由がココにある!




でも、逆に、


この「コンプレックスの深み」にハマったことで、
全く「逆の出口」から出ることができました!



大学生活も月日が経ち、

皆んなが憧れる「価値観」には、まったく馴染めずにいた頃、


僕は、地元の友達から、

「HIP HOP」という文化・カルチャーを教えてもらいました。



そこから、僕は1人のアーティストと出会い、

「思想の世界」へとハマっていくことになります。



「Rap(ラップ)」という技法で、

「リリック(歌詞)」に言霊・エネルギーを込めて、歌うんですが、


個人の意見を最も主張する「HIP HOP」のそのスタイルに、

「強い共感」「感銘」を受けました。



特に、Shing02というバイリンガルラッパーの

『絵夢詩のススメ』『緑黄色人種』『400』という3枚のアルバムに、


それまでの人生の「考え方を変えるキッカケ」をインストールされました。


* 後の人生で、本人と直接出会うことになりますが、

今はまだそんなことも知らない時です (笑)




そこからは、

僕自身で「忘れていたものを取り戻す」かの様に、



幼少期や、小学校・中学校時代の

「純粋」で、

「何があっても自分らしくあった」


そんな自分らしさの『自信』を、取り戻すようになり出します。




つまり、


「外側の世界」に意識を向けるのではなくて、

「自分の内側の世界」に意識を向けるようになり出しました。



外側の世界に、必死になって合わせようとする、そんな「価値観」が、

自分の肌に合わないことを、ようやく『理解』しました。



だから、大学を卒業する時にも、

皆が進むサラリーマンという「社会のレールの上」から外れることを、

初めて自分の意志を持って、選択しました。




つまり、


「初めて」

『自分の意志で、人生の選択をした』


ということです。



【青年期】

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ここからは、まさに、「波乱の人生」の始まりです。



大学を卒業後に、「映像を学ぶ専門学校」へ。

『東京』で、初めての1人暮らしを始めます。



日中は映画製作を学び、深夜~朝まで居酒屋でバイト漬けの日々。



某有名「MV : ミュージックビデオ」制作会社で、

某有名歌手「華○朋美」などのPV作品に関わったり、


映画製作に関わり、現場での仕事を経験しましたが、



その結果見えてきたことは、


『業界』という「組織・会社」は、
結局「サラリーマン」と何も変わらない


ということでした。




そのまま、映像会社で「サラリーマン」に成るつもりは、

「無い」と確信していたので、



なんとか自分で食べていけるようにしようと思い、



その頃一番「熱中していた」HIP HOPに関係することをしたいと思い、

日本全国のHIP HOP MCを題材にした

『ドキュメンタリーDVD』を制作して、

販売しようと思い立ちます。



当時、出始めたばかりの「mixi」 ( 紹介制度時代 ) を使って、

何の計画もなく、まずは数人にアプローチ。



企画に興味を持ってくれたMC(ラッパー)に

直接会いに行き、その活動を続けることで、


「人の縁」で繋がるコミュニティの中へ招いてもらって、

2007年~2009年までの約3年間、日本全国の各地を撮影のために飛び回りました。



時に、青春18切符で日本を横断し、

時に、1週間のうちに東京-大阪間を3往復し、

時に、15時間バスに揺られ、


とにかく「お金」はないけど、「時間」はあったので、

とても『非日常的なライフスタイル』を体験できました。




また、人生の活動範囲が広がってくると、

自然と色んな情報が入ってきて、



2007年には人生で " 初 " の「フジロック」を体験しました。


その時に体験した「The Chemical Brothers / ケミカルブラザーズ」のLiveが、

衝撃すぎて、


音楽の持つ「桁違いのエネルギーの力」や、

また、フェスという「世界観」に、

それまでの『人生観』を新しく塗りかえるキッカケをもらいました。



・The Chemical Brothers 〈 Live at Fuji Rock〉の動画

(時間の無い人は、5:30ぐらいからでも見てみてください)



これだけの人間のエネルギーを、一つの方向(音楽)に向けさせられる、

「この現場」を一度でも体験したなら、

人生観・世界観は一瞬で変わってしまいますよ(笑)




だからこそ、僕も、


それまで音楽は、

本当に「HIP HOP」ばかりを聴いていたんですが、



今では、


HIP HOPはほとんど聴かずに、


「Deep House / ハウス」

「minimal Techno / テクノ」

「Electronica / エレクトロニカ」

「Psychedelic / サイケデリック」

「Progressive trance / トランス」

「Post-rock / ポストロック」


など、主にダンスミュージックを聴くようになりました。

* それぐらいに衝撃を受けたんですね!

( 「生」のLiveでの「衝撃」が、すごすぎました。 )



また、


「フェスの世界観」に刺激されてからは、

ますます放浪癖や、探検心、冒険心がイキイキしだして、



・ 屋久島の森を散策しに行ったり、

・ 北海道の沼の秘湯に浸かりに行ったり、


・ 富士山に登頂したり、

・ 奄美大島に皆既日食を観るレイブフェスに参加したり、


・ 伊勢神宮・安芸の宮島・出雲大社・東照宮などの神社参りに行ったり、

・ 温泉・名物巡りで食い歩きしたりと、



「撮影」で日本各地を回ることと平行して、


とにかく、

日本各地を巡りに巡って、



人生の中で、
「遊びを追求する」優先順位を高くするようになりました。




そういった、とても濃厚な『非日常の世界』を満喫していたので、



それまで生きてきたほとんどの常識が覆され、

「生きることに対する認識」を、かなり大きく

広げることができました。




特に、皆既日食などは、

普段僕たちが、「当たり前」と思い込んでいる、


太陽は、昼間には昇っている、「在る」という、

「人間の思い込み」を一瞬にして覆してくれました。



そして、『惑星:地球』という存在を、

「皆既日食という宇宙のリズム」を身近に感じたことで、


改めて「地球は宇宙空間に存在しているんだ!」という、

マクロな視点で、「リアルな体験」をすることができて、


僕たちは宇宙の中で「命を生きているんだっ!」ということを、

本当に身近に感じることのできる、とても貴重で、素晴らしい体験でした。



この宇宙には、
決して、「当たり前」のモノなんか無い。


ということを、無理矢理にでも『理解』させられました。



そういった意味でも、

本当に、『生きるという人生観』が、大きく変わった時期でした。



ですが、


そこから僕は、

人生の谷を進んで行くことになります・・・・





2011.3.11 東日本大震災のちょうど1ヶ月前に、

僕は東京から大阪へ帰る「決断」をします。



DVD作品を発売することに色々と問題が生じていたり、

年齢が30歳に近づくのを目前にして、「仲間」や「将来」や「現実」に対しての

『不安』が、

生まれてくるようになりだしました。




それは、


本当にこのままの『人生』『生き方』の「選択」で、いいのだろうか・・・



という、

『根本的』な『自分自身に対する疑問』だったように思います。



それまでは、


ただひたすらになって「夢」を追い求めながら、日々を思いっきり満喫するために

「命の時間」を使って生きてきました。




だけど、

本当の自分の「夢」とは、一体なんなんだろう?



と、

思うようになりだしていたんですよね。





そう思うことには、「大きな原因」がありました!





それは、


「夢を追いかけている」生き方をしているようで、


でも実際は、

そう思い込んでいただけで、



本当の意味では、


まったく真剣になって『夢を望むこと』をしていないことに、

うすうす「気がつき始めていた」からでした。




ただ、


夢に向かうという「夢見がちの中で生きていること」が、

本人にとってのステータスになっていて、


『現実として叶えたい夢』として、

真剣になって「夢を実現しよう」とは、


まったくしていなかったんですね。




そもそも、

そこまで明確な「夢」を、持っていなかったんです。




つまり、


『夢を成し遂げるため』に、全力になって「命を生きていた」のではなくて、



ただ、

自分が満足感を得るために・日常を楽しむためだけに、

「現実」からどこか逃げる理由を持つために、


その「生き方の選択」していた、ということに気がついたんですね。




僕は大学時代に、

当時、胸の中に抱えていた社会に対する不満や、思いを、

『映像を通して「表現して」この世界に大きく訴えるモノを作りたい!』と、

強く意気込む『想い』を持って、東京に旅立ちました。



でも、

その『初心の想い』は、いつしか、完全に薄れてしまっていて、



だからこそ、

自分の『人生・生き方・命の使い方』が、本当にこのままでいいのか?



ということに対して、

『根本的』な、『自分自身に対する疑問』として、



自分で「違和感」を感じるようになっていたんだと思います。




・ そもそも映像表現じゃないとダメな理由は?

・ 人生でやりたい「本当のコト」はなんなのか?

  その優先順位は本当に正しいのか?

・ 本気で「夢」を実現するために、必要なモノを習得しようとしていたのか?


そういったことを「真剣に考える」ようになって、

「自分自身の命」と真剣に向き合うようになって、


今までの『人生の選択』を見直してみた時に、あるコトに「気がつきました」




それは、


自分が本当に『幸せになること』を、
真剣になって『望んでいない』


と、いうことでした。




つまり、


「西野 孝夫という人間」として、この地球に生まれ落ちてきて、


限られた命の時間の中で、

「その命をどういうふうに使いたいのか?」


その『決断』をまったく出来ていなかった、ということです。




だから、



『人生にキチンとした責任』を持たずに、『命の自覚を持たない選択』を

長年してきていたことに「気」がついたんですね。



つまり、



本気になって『幸せを望むコト』

『人生に理想を持って、その理想を実現するコト』に対して、



・ 意図的に日々の「選択」をしていないことに、

・ しっかりと「人生を計画して」前に進めていないことに、

・ 日々の「行動」を『未来に結びつけていない』ことに、


自分自身でハッキリと「自覚」できたんです。




だから、


自分が本当に『幸せになること』を、
真剣になって『望んでいない』


ということが、わかったワケです。




つまりは、

「なんとなく命を生きているのでは?」という「問い」を、


「自分の無意識」・「潜在意識」「胸の奥深くにある想い」が、

『根本的』な『自分自身に対する疑問』として、


自分自身に「何かを気づかせようとしていたコト」に、気がついたわけです。




* お前は一体どんな「命の使い方」を「したい」んだい?

* この世界にせっかく生まれてきたんだから、お前が「やりたいこと」とは、

  一体なんなんだい?




そんな『純粋すぎる問いかけ』が、

自分自身の内側にあることに気がついたワケです。



正確には、

小さい時から、ずーーーーーーーーっとあったはずの、その「問い」に、

ようやくきちんと「耳を傾けることができた」ということです。




つまり、


自分自身の『内側の深いところにある想い』に対して、

自分の内側から「その想いに真剣に目を向けさす力・知らせ・違和感」が、

発信されている、


ということに「気がつけた」ということでもあります。




その『内側の見えない想い』に「気がつくことができた」のは、


『命の価値』を正しく認識できたコトが、

深く関わっていました。




僕たちが、


無限に広がっているかもわからない『宇宙空間』の中にある、

生命が豊かに存在して、命が共存している珍しい惑星『地球』の中で、


「命」を「体験できる」時間には、

限りがあります。




つまり、


僕たちは『貴重な命の時間』を使って、「命を生きている」ワケです。



その『認識』の『重要度』に、

気がつくことができたんですね。




そのことに気がつくことができた時に、



僕が、この『地球に命を授かった理由』とは、


どこまでも、豊かな生命であふれる、青く美しい地球を、

「思いっきり体験することなんだっ!」と、僕には思えたんですね。



それこそが、

生まれてきたコトに対する、自己表現であり「命の意味」である、と。




だから、

『命の価値』を自分の中で、正しく整理することができました。




そして、

この「考え方」や「生き方」、「命の選択」は、


この世界 ( 宇宙 ) に対する「楽しみの追求」や、
「好奇心の追求」へと結びついていきます。



なぜなら、この世界を「思いっきり体験すること」とは、


・ この世界に興味を持つということであり、

・ この世界をより深く「知る」ということになるからです。



つまり、


この世界 ( 宇宙 ) の『遊び方』『関わり方』を知っていく、


ということです。



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地球という大きな惑星を「舞台」にして、「自分」という存在が、

『命の時間の限りを使って』思いっきり遊んでいくコト、


それを「体験するコト」が、『命の価値』そのものであり、

僕自身が、地球に生まれ落ちてきた「意味」になる、と。



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そうやって、

自分が生きている『宇宙のコト』や、

『地球のコト』に正しく目を向けて、



その上で、

自分自身の「命の使い方」と、真剣に向き合った結果、



* 自分自身が、どんな命の使い方の選択をしたいのか?



という、

もっとも『根源的』で、


『自分自身に対する、自分自身からの究極の疑問』が、

浮かび上がってきました。




その「命の問い」に対して、

自分なりの『答えを決断』することで、



「初めて」



自分自身が、自分自身を『本気で幸せにすること』を、
真剣になって『望んで』


自分の「命」を、 " 望みを叶える " ために「使いたい」という、

『自覚』を持つようになりました。




つまり、



「人生」に対して、自分自身で『責任』を持って、


『幸せ』をしっかりと望んでいって、

『自分が満足できる幸せを手に入れて』命の可能性をどんどん広げていく、


そんなふうに自分の命を使う『決断をした』ということです。




つまり、


・ 何をするために、自分の命の時間を使うのか?

・ 自分が生まれてきた理由を、自分でどういうふうに決めるのか?

・ 命や、人生を、どういうふうにしていきたいのか?



それらの「答え」を、



自分自身で『決めて』

その『決めたこと』を実現するために、



・ 自分自身で「命の使い方を決めた」

・ 人生の『ゴール設定をした』



ということになります。





【現在】

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現在のぼくは、自分発信ビジネスをレクチャーしたり、起業をサポートしたり、深層意識のことを教えたりと、

色々な活動をしています。



基本的には「情報発信」を通して仕事をしています。